【俺の育児法はカンペキだ】自己愛性人格障害夫に14年間育てられた子供の現状と離婚後の変化

自己愛性人格障害に育てられた子供がどうなるのか?

うちは2人の子供がいますが、14歳と12歳まで自己愛性人格障害の夫と暮らしていました。現在は2人とも高校生になりました。

どんな子たちかと言うと、一言で言えば「回りの目を気にしすぎる自己肯定感の低い子供」。

子供が小さいうちは子煩悩で優しいお父さん…それがある日をきっかけに「豹変」します。

今回の記事は、全員に当てはまるわけではありませんが、「自己肯定感の低い子供に育つ」と言う点では共通すると思いますので、そういった子供が高校生になったらどうなるのか? 

そもそも自己愛性人格障害夫は育児をするのか? そのあたりを深堀していきます。

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Rei

このブログは離婚を推奨しているわけではありませんが、もし夫が自己愛性人格障害ならば、逃げる(離婚)の選択肢は持っていてよいとの考えです。

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俺(自己愛性人格障害夫)の育児はカンペキだ

モラハラ

まずは自己愛性人格障害夫がいる育児はどういったものかをご紹介します。

上の目次から読みたいところへ飛んでくださいね。

自己愛性人格障害は幼児期の育児には消極的

育児ストレス

どっちかというと負けず嫌いな長女と、我関せずでマイペースな次女。

この子達が保育園に通っていた頃、自己愛性人格障害夫はあまり育児には積極的ではありませんでした。

何故かというと、子供たちはまだ自分の意思を言葉で伝えることが難しかったからだと思います。

自己愛性人格障害夫が、いくら子供たちを自分の好きなようにコントロールしようとしても、子供はそれをまだ理解できず暴れるので、手に負えなかったのでしょう。

「母親なんだからなんとかしろ」
「こどもがアトピーでかゆいとうるさいのはおまえの遺伝子のせい」
「子供がうるさいのはお前がいつも怒っているから」
「夜泣き?俺は一度寝れば起きないから泣いていることすら知らない」
「夜起こすなよ?俺は朝早いし、運転手することが多いから運転中寝たらやばいだろ?」
「なんでお前の美容院のために俺が子守しなくちゃいけないわけ?ばあちゃん(夫の母親)のところのほうが楽しいんだからそっちに預けてこい」


…などなど書ききれませんが、自己愛性人格障害夫は私にいつもこんな言葉を浴びせていました。

母になったとはいえ、私だって育児初心者。そして髪の毛くらい切りたい。(当時美容院は年に1~2回しか行けませんでした)

私は、毎日保育園と職場を行き来し、夜中は自己愛性人格障害夫の性欲処理器具でした。

自己愛性人格障害夫の給料は、結婚当初年収300万もありませんでしたので(結婚前は毎月25万以上稼いでいると言っていた)私のほうが給料が良かったので、仕事をやめる事もできませんでした。

仕事日以外に保育園に預けると、保育士さんもあまりいい顔をしませんし(良い保育園ではありましたよ)

「あら?お母さん今日ってお仕事おやすみじゃありませんでした?」

なーんてちょっぴりいやみかな? とも取れる発言をされるので、仕事が休みの日に保育園に預けることが難しくなりました。(今思えば考えすぎだったと思いますが、なにせ当時は心に余裕がありませんでした)

仕事も病院勤務でしたので時間は不規則。

「子供さんいつも(園の)最後までお母さんのこと待っていますからね(たまには早めに迎えにきてね)」

と言われたりもして、「私だって遅くなりたくてなってるわけじゃないんだよー!(泣)」って。帰りの車で「ごめんね、寂しい思いさせて!」と大泣きしたこともありました。

そういった感じで、事実上私ひとりで育児をしていたので、私のイライラが子どもにも伝わり、子供たちもストレスがたまり、騒ぐこと多かったのかもしれません。

そんなときに自己愛性人格障害夫から

「イライラしてるおまえのせい」
「せめて子供が寝た後はは俺を満足させろ」

と、夜中だろうが朝だろうがからだを求めてくる。拒めば明け方まで嫌味や不満を言い続けられる。いやいや従えば、嫌なことをされる。結婚前のやさしさは全くありませんでした。

子供にばかり意識が向いている私に対して、不満を持っているようでした。

公園へ行きたがる自己愛性人格障害夫

公園で遊ぶお父さんと娘

休日は公園に行くことが多かったです。もともと活発な子供たちでしたので、外遊びが大好き。自己愛性人格障害夫も公園に行くと機嫌がよく、よそのお父さんより俺は子供たちとたのしく遊んでいる! と見られるのが良かったのでしょうね。(見てませんけど誰も)

たまにこうして遊んでくれるので、子供たちもお父さん大好き! と言っていました。

しかし、その裏で、私は公園に行くまでの子供たちの準備、出かける前に洗濯、食事、弁当…そして、公園でもほっと一息なんて付ける訳もなく、子供たちと一緒に走り回らなければなりませんでした。

自己愛性人格障害夫いわく「公園でお前が俺から遠く離れていたら、仲が悪い夫婦だと思われるだろ?お前も一緒に遊べ」だそうです。

子供たちが楽しそうにしているのはとても良いことでしたが、私の当時の睡眠時間は3時間。私の心もからだもボロボロでした。

自己愛性人格障害夫の小学生の育児はゲーセン

ゲーセンで遊ぶ姉妹

子供たちが小学生になると、夫は毎週子供を連れて、自分の趣味だった釣りや、ゲーセンばかり行き始めました。

ゲーセンに行くたびに5000円、1万円と使い、お金がかかります。釣りに行くにも、夫は高い釣竿などを準備し、片道3時間かかる海まで行くのです。

それが月に2~3回ありました。ガソリン代とゲーセン代で月に5~6万かかっていました。お金の話をすると「俺の稼ぎが悪いせいって言いたいわけ!?おまえがちゃんと管理していないからだろう!」とキレられます。

子供たちは、最初はたのしいものの結局途中で飽きてきてしまい、車の中でもゲーセンでも「飽きた~つまんない~帰る~他のとこ見たい。」など大暴れ。それを見た自己愛性人格障害夫はとたんに不機嫌。

「せっかくおまえらが行きたいというから連れてきてやったのに、なんだその言い方は?」と激怒。

実際のところ、子供が行きたいと言っている訳ではありません。言わされているのです。

「釣りに行くけど行くか?なんで嫌な顔するんだ?公園やお友達と遊ぶというなら、俺はもう二度とお前たちを釣りに連れて行かない。日曜日はどこにも遊びにつれていってやらない、それでもいいんだな?

しぶしぶ「行く」と言わせられていたのです。

私には子供たちとの楽しい思い出があまりない(思い出せない)

育児ストレス

私は子供たちの気を紛らわせてイライラしっぱなしだったので、家族のお出かけで楽しかったという記憶はほとんどありません

自己愛性人格障害夫は一度機嫌が悪くなると、あおり運転や急ブレーキ、わざとぎりぎりまで左側によせて猛スピードで走る(私が助手席に座っているから恐怖感を味あわせるため)をするので、怖くて仕方がありませんでした。(左に寄せ過ぎて、路肩のポールにサイドミラーをぶつけ破壊させ逆ギレしていたときは、なんて悲しい人なんだろう…と心底夫が嫌になりました)

子供たちがお父さんの機嫌を損ねないようにさせるために、私は必死でご機嫌取りをしました。

あとから思えば、あの夫の不機嫌な態度はわざとだったとわかるのですが、当時の私は「子ども暴れる=夫激怒」がとてつもなく恐怖だったので、子供のご機嫌取りと夫のご機嫌取りの記憶ばかりしかありません。

最近、子供たちに5歳のときに行った遊園地の話などをされたのですが、覚えていませんでした。子供にも「なんで忘れちゃうの?」と言われるのですが、認知症でもなんでもなく、ただ単に違うことに集中して、楽しんでいなかったからですね。

もしかしたら、思い出すとフラッシュバックしてしまうので、心が勝手に思い出させないようにしているだけかもしれません。

そんなわけで、夫から植えつけられた恐怖は、私の中でいつしか「子供への憎悪」に変わっていったのです。

「子供がうるさいから夫が怒る」

当時の育児相談の記録でも心療内科を受診した時の記録でも、私の記録は夫のことではなく「子供が多動かもしれない」「子供がうるさい」「言うことを聞かなくて困っている」でした。

すっかり自己愛性人格障害夫に洗脳されていた証拠でしょう。

自己愛性人格障害夫に育てられた子供は、評価や結果で自分の価値を決められてた

監視

子供が小学校高学年になり、意思疎通ができるようになってくると、自己愛性人格障害夫は変化してきます。

子供たちが1等賞を取ると、「俺のおかげ」子供たちがほかの子より何かうまいと「俺が教えたから」そんなことを言い始めるようになります(もちろん夫は指導なんかできません)

それが顕著になったのは長女が小学校高学年のとき、陸上の大会でたまたま当時他の子より早く走れた娘は、陸上のスポーツ少年団に入ることになりました。そして全国大会にも出場するようになりました。

指導者は夫より年下でしたが、経験も知識も豊富な人でした。しかし、それが面白くなかったのか? 自己愛性人格障害夫は長女を毎日毎日見学(監視し)に行きました。

自ら指導をはじめる自己愛性人格障害夫

陸上競技場

しばらくすると、他の陸上経験のある親から情報を聞きだしたり(こういうときはニコニコといい顔をして集団に入り込むのです)コーチに練習の仕方を聞きに言ったりして、付け焼刃な知識を蓄え始めます。

そして、最終的に「俺が指導する。俺の言うとおりにしろ」と言い始めるのです。

娘は混乱しました。

コーチの言うとおりにしないとコーチに怒られてしまうのに、競技場まで追いかけてくるお父さんは腕組みをして不機嫌顔。

そして、帰りの車の中では父親の説教がはじまります。

「なんで俺の言うとおりやらなかった?」「答えるまで家に入れない」「庭でもう一度練習だ」1~2時間も説教(というか罵倒)が繰り返されます。

自己愛性人格障害夫は、自分が言って欲しい答え…例えば「お父さんの言うとおりにやります」「明日からしっかり練習します」などと返事をしないと、それを子供たちが言うまで(彼の気が収まるまで)罵倒し続けるのです。

私が「(あなたは陸上の経験がないのだから)コーチにまかせたらどうか?」と言うと「じゃあもう俺は何も関与しない。送迎もしない。その代わり子供たちが結果を出さなかったらおまえのせいだからな」と始まるのです。

「それでいい」と言ってその場は話が終わっても、気が休まらないしつこい自己愛性人格障害夫は、また話を蒸し返し子供たちに怒鳴り始めます。

納得や妥協という言葉は自己愛性人格障害の中にはありません。

「せっかくお金払って教えてもらってんだから、いいタイム出せよ」「大会でいい結果が出なかったら俺が恥かくんだからな」と言うのです。自分の発言が矛盾していることにも気がつきません。

出来損ないでママ友もできないわたし

孤独

自己愛性人格障害夫は、私の子育てを「最悪」とし、疲れきってどうしたらいいかわからない私に「育児ができない女」というレッテルを貼りました。

それをコーチやよそのお母さんたちに「あまり興味がないみたいで(笑)」といい、私には、「俺の横で見ないなら来なくていい」といわれ、なんだか私はとてもダメな母親なんだと思ってしまい、スポ少へ顔を出すことができなくなりました。よそのお母さんたちの中にも入っていけなくなりました。

反面、自己愛性人格障害夫はうまくウソをつきニコニコしながら、よそのおかあさんたちの輪に入っているのです。子供が結果を出すと「すごいですね○○さん」と言われるのが快感だったようです。

顔色をうかがい続ける子供たち

顔色をうかがう

子供は、常に他人や父親の顔色を伺いながら練習し、他人からどう思われているのかを非常に気にするようになっていきます。

私も毒親に育てられたので、もともと自己肯定感が低く他人の顔色ばかり伺って大人になりましたので、この子供たちの状況も「私と同じような惨めな人生を送ることになるかもしれない…」と思っていましたが、今の自分もどうしようもない出来損ないの母親と思い込まされていたので、どうしたら解決するのかわかりませんでした。

そういう時に自己愛性人格障害夫が「俺の言うとおりにしないとひどい目にあう」と言ってくるのです。

娘も私も、「そうなのかもしれない」と、その言葉を信じてしまったのです。

自己愛性人格障害夫の育児はカンペキだったようです。子供たちは自分の言うとおりにするし、母親は口を出してこないし、自分の思い通りにコントロールできることに快感を覚えていたようでした。

大会新をだした娘

モラハラ

コーチの指導のおかげで大会新まで出せるようになった長女ですが、そのとき夫は「俺の指導のおかげだな」「俺の言うことをきいていればこうやっていい思いができるんだ」「感謝しろ」と子供に言いました。

結局大会新という子どもの頑張りと努力から生まれた記録は、夫の手柄になってしまいました。

その後、半年経たずに長女は陸上をやめました。

走れば走るほど怒られるし、頑張って記録出しても嬉しくない。お父さんに「やめたいごめんなさい」と大泣きしながら謝っていた姿が忘れられません。

陸上を辞めるといったとき、そのときお友達から球技のお誘いを受けていたので、陸上をやめることには夫も納得したようです。そっちのほうがおもしろそう! と思ったようです。また、一から俺が指導(コントロール)できる、と。

自己愛性人格障害夫は、娘からうっとおしく思われていても気づくことができません。自分が正しいからです。おかしいよと指摘されてもおかしいのはこっちで、自分は悪いと思えないのです。本当に、そうなのです。

残念ながら、その頃もう長女は夫の言いなりになっていました。父親が決めたことをやらないと、人生失敗すると思い込んでいたのです。

自己愛性人格障害夫の育児は中学生の娘を「監視」すること

監視

そんな不安定な娘は中学生になりました。

練習中に失敗すると、夫は「俺の言うとおりにやらないから大勢の前で恥をかいたな。なんであんなみっともないことをするんだ?」と中学校の部活の見学までしに行き始めるのです。自己愛性人格障害夫は、蛇のような性格と言うのでしょうかね。

そして、相手が子供であろうとなんだろうと、責任を負わせ、プレッシャーをかけまくり、結果を出せないことを「恥」だと思わせるように仕向けるのです。

負わなくてもいいプレッシャーに押しつぶされた子供は、人よりうまくできないことを「恥」と認識し始めます。恥だらけのみっともない自分、他人からの評価ばかり気になる娘。

自己愛性人格障害夫はそうやって、子供に「恥」を植え付け、自己愛性人格障害の娘を生み出すのです。

高校生の娘は自己肯定感が低い

孤独

自分はやれる、自分の力を信じる、誰に何と言われても自分の意見を言うことができる…自己肯定感が強い人というのは、他人と自分の区別がしっかり付いており、自信もあり、自己表現もできる人なのでしょうか。

とくに長女は真逆でした。(次女は夫からの攻撃が少なかった)

常に見えない何かにおびえ、人の視線が怖い、対人恐怖症もある、自分の意見で他人が嫌な思いをしたら死にたくなる。そんな毎日を送っています。

優しいとか気を使っているとかではなく、自分は他人から常に評価されていると思い込んでいますし、常に自分と他人を比べて自分は人より劣っている、出来損ないだと思っているようです。

友達はいますが、他人より得意なことを(たとえば足が速いなど)恥ずかしそうにしていました。目立ちたくなくて(評価されたくなくて)、わざと自分は馬鹿なんだというような発言をしたり、遅く走ったりもしていたようです。

これらの行動、言動は他人を馬鹿にしている行為です。自分を他人と同じレベルに下げて頭が出ないようにしようという考えともとれます。しかし、そんなことより「恥ずかしい自分」を隠すため、自分を守るためにわざと飛びぬけないようにしているのです。

でも、もともと素直で負けず嫌いの性格の子供たちなので、みんなより頑張りたいし負けたくない気持ちは強かったはずです。

自己愛性人格障害夫と離婚後3年経過子供たちの変化とは?

絶望 モラハラ

他人の評価ばかりを押し付けてきた自己愛性人格障害夫によって、「自分の取った行動でみんなが変に思ったりするくらいなら意見を言わないようにしよう」「父親に言われたとおりにしておけば間違いないんだろう」そんな風に思い込まされていたのでしょう。

高校生になっても長女はいいたい事を言えません。少しは本音が出てくるようになりましたが、それでも時々暴れます。

たとえば、テスト勉強中。いい点を取らないと恥ずかしい、でも勉強が追いつかない、でもいい点を取らないと怒られる(私は怒ったことがないのですが、父親からメールで「いい成績取ったら小遣いやる」といわれていたそう(私に内緒で))

テスト前日は大荒れです。部屋がゆれるくらいの貧乏ゆすりをしながら、涙を流し真っ赤な顔をして机や自分の太ももをばんばん叩きながら、ノートに文字を書きなぐっています。

「別にテストでいい点なんか取らなくてもいいし、誰もなんもいわないよ」と私が言っても「は!?」とキレ、部屋のものを投げつけ暴れます。

高校生の行動とは思えませんが、彼女の頭は不安でいっぱいで、たかがテストでも彼女の中ではもう大パニック。不安は怒りに変わり、私やモノに当ててきます。

見ていてとてもつらいです。

不安感が強すぎるのです。

それもこれも自己愛性人格障害夫が植えつけたもの。たぶん長女も自分がこんなに出来損ないなのは父親のせいだ! と言ってラクになりたいのでしょうが、私が父親と長女を引き離してしまったため、自分の行動を人のせいにできなくなってしまってつらいのだと思います。

その点が、自己愛性人格障害と長女の共依存の部分なのでしょう…。

私がもっと早く気がついて、もっとはやく離婚していれば長女はここまで苦しむことは無かったと思います。でも、今は苦しくても、自分の意見を持ち、自分で考えて生活していかないと、自己愛性人格障害と同じ道を歩いていくことになってしまいます。

私にできることはそんな暴れる長女でも受け入れて、安心させてあげること。
大丈夫だよと言ってあげる事。それしかできません。

自己愛性人格障害からいったん離れてみよう

希望

もし、今モラハラを受けて「自分が我慢すればいい」「あんな夫だけど子供には熱心で優しい」そんな風に自分の気持ちを封じてひたすら我慢している状態なのであれば、私は声を大にして言いたいです。

いったん離れてみて。

ムリですよね? わかります。無理なんですよ。そんなこと。私もぜったいムリだと思っていました。

でも私は、離婚できました。できますよ。できるんです。

別居がムリならまずは、今自分が置かれている状況を客観的に見てみるだけでも良いと思います。冷静に判断してくれるお友達がいるなら、話しを聞いてもらってもいいです。ノートにペンで現状を思いつくまま書き殴って見るのも妙案です。

今の現状から夫と離れるなんて無理! って思ってしまいがちですが、そんなことありません。そう思い込まされているだけですから。

必ず方法はあります。公的機関を使うのもいいですが、やはり身近に頼れる人はいたほうが良いです。

連絡先を消去されている人も多いかもしれませんね。私もそうでした。それなら親でも親戚でも兄弟でもいいです。SNSで手がかりを探してもいいです。とにかく、逃げる道を探しましょう。

自己愛性人格障害の内側にいると、周りに何を言われようと、「でも」「やっぱり」「私なんて」って思ってしまうのです。

あなたがしている我慢は、周りの人を誰一人幸せにしません。私が我慢しさえすれば家族は笑顔でいられるなんて、100%ありません。

私も毒親育ちなのでわかるのですが、「自分が耐えればうまく回る」んですよね。毒親については私がよく読んだ本も参考になりますよ。

離婚の決断を急げといっているわけではありません。

私もかんたんには離れられませんでしたので、最終的には子供をつれて夜逃げしました

友達の会社が車屋さんだったのですが、支店長さんがそういうことならば!とご好意で軽トラを出して荷物を運ぶのを一緒に手伝ってくれたんです。友達が頼み込んでくれたらしいのです。感謝しかありませんでした。今、私が笑顔で過ごせているのは本当に友達のおかげです。

自己愛性人格障害と同じ空間にいると支配されていしまいます。子供が大きくなってからでは遅いのです。夫と話し合っても無理そうであれば、離れる選択肢も視野に入れて、とにかく一歩! 動き出しましょう。

【モラハラ】自己愛性人格障害の夫になぜストレスを感じるのか【体験談あり】 うちの夫はモラハラ夫なの?自己愛性人格障害って何!?夫に違和感を感じている人必見!

裁判所から封筒が届いた日

夜逃げ後、1ヶ月もしないうちに、離婚するなら調停起こすと連絡が来ました。養育費ふんだくられたらたまったもんじゃない! と言うことでした。義母に泣きついたらしいです。

結局彼にとって大事だったものは、私でも子供でもなく、自分とお金と世間体だったのですね。

調停の話しはまたのちほど書こうとおもいます。必死だったので記憶があやふやなのですが、公的機関を通すと自己愛性人格障害は割りとおとなしかったです。まさか私のほうが訴えられる(?)とは思いませんでしたがね…。

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